音楽的特徴については、『オペラ史』を著したD・J・グラウト(英語版)によれば「作品の全体はトンマーゾ・トラエッタの作曲法を思わせるやり方で、大規模なコーラスを含む種々の手法を併用したモニュメンタルなシーンの集積という形をとり、それがこの作品の特に著しい特徴になっている。第1幕は最も統一感があり、満足すべきものである」[6]。なお、本作で最も有名なアリア「不滅の神々よ、私は求めず」(Divinités du Styx)を永竹由幸は「18世紀に書かれたアリアの中で最も偉大なアリアのひとつである」と評している[7]。
リブレットはエウリピデスの『アルケスティス』を原作として、イタリア語版はラニエーリ・カルツァビージ、フランス語版はフランソワ=ルイ・ガン・ル・ブラン・デュ・ルレ(François-Louis Gand Le Bland Du Roullet)が作成した。最も大きな相違点はウィーン版(イタリア語)では、アポロがアルチェステを死の神から取り戻すが、パリ版(フランス語)ではヘラクレスがアルセストを死の神から強奪するというエウリピデスの原作と同じ設定になっている点である。二つの「作品」と見るべきウィーン版とパリ改訂版は「それぞれオペラ・セリアとトラジェディ・リリックという二つの異なった伝統から生まれていることは然るべく考慮されねばならないとはいえ、主役二人は改訂版のほうがずっと人間的に描かれている。-中略-ルレの登場人物たちは、時代の変遷と、イタリア人とは対照的なフランス人の態度に合っているが、現代人にとってもイタリア語稿以上に説得力があり、より共鳴できる人物像となっている」[9]。
アドメート王の廷臣エヴァントルがアルセスト王女と二人の子供の登場を告げる。現れた幼い子供の姿と、悲しみに苛まれるアルセスト王女の様子に民衆は悲嘆に暮れる。アルセスト王妃は「国王は、国と愛する者のために尽くしました」(Sujets du roi le plus aimé)と歌い、民衆もこれに呼応し「不幸な王国よ」(Malheureuse patrie! )と国の将来を嘆く。そして人々は王妃に誘われて神々の恩寵を乞うためにアポロン神殿に向かう。
第3場 アポロン神殿
神殿では、祭司長が「神よ、光をお与え下さい」(Dispensateur de la lumière)と歌い、かつてアポロンがジュピテルと仲違いして追放された際にアドメートがアポロンをかくまったではないかと言い、アドメート亡き後に残された者の苦しみを訴える。
祭司長と民衆が一緒に祈り「強大なる神々よ」(Dieux puissant, écrarte du trône)を繰り返し合唱する。
第4場
遅れて姿を現したアルセストが「純粋な憐憫こそが見える」(Tu n’aperçus jamais qu’une pitié pure)と歌い、捧げ物をお受け下さいとパントマイムで演技され、祈りが捧げられる。祭司長はアルセストの願いを神が受け入れたと告げる。すると託宣者が「アドメート王の命を救うためには、誰かしらの生贄が必要である」と宣言する。これを聞いた民衆は口々に恐怖を表し、神殿から逃げて行く。音楽はアレグロの主部でバラバラになった断片を繰り返し、次第にピアニッシモになるまで音量を下げ続けることで、恐怖から人々が四散霧消していく様子を生き生きと描写している。
第5場
一人神殿に残されたアルセストは自分の生命と引き換えに、愛するアドメートを救うことができるなら、〈アリア〉「それは犠牲ではない!」(Non, ce n’est point sacrifice)を歌い、死を決意する。しかし子供達の事を思うとき母アルセストは激しく動揺し、絶望する。アルセストは悲しみに押しつぶされそうになりながらも、愛する夫アドメート王のために生贄になる覚悟を固め、ついに毒をあおる。そこに祭司長が現れ、王は蘇生し、太陽が昇る。一方で王女の生命の灯は消え去り地獄の門が開くだろうと告げる。アルセストは残っていた毒も最後まで飲みほすと、自分が犠牲になる憐れみを口にはしないと有名な〈アリア〉「不滅の神々よ、私は求めず」(Divinités du Styx)を決然と歌い、ドラマは最高潮に達する。
第2幕
第1場 アドメートの王宮の一室
瀕死の床にあったアドメートはにわかに精気を取り戻す。人々が集ってきて、王の奇跡的な回復を喜び合い「憂いの後に溢れんばかりの喜びが」(Que les plus doux transports succèdent aux alarmes.)と歌う。続いて、バレエとなり、大規模な祝典のディヴェルティスマンが5つの踊りと合唱の繰り返しで展開される。
第2場
アドメート王が姿を現し、信じられないような奇跡によって命が助かったことを喜び、安堵する。廷臣のエヴァンドルは誰だかは分からないが、臣下の生贄によって王の命は救われたと説明する。民衆は「生きて、羨望に値する日々を過ごされますよう!」(Vivez! Aimez des jours dignes d’envie!)と王への讃歌を繰り返し、踊る。
第3場
アドメート王はこの上ない歓喜の時に、アルセスト王妃の姿が見えないので心配する。そこに精気を失ったアルセストが現れる。再会を喜び合う二人の会話は何度も民衆の讃歌に中断される。悲劇のアイロニーを表す手法が細やかに使用されている。アルセストは死の恐怖に怯え〈アリア〉「神よ、勇気をお守りください」(Ô dieux! Soutenez mon courage;)と歌う。アドメート王はアルセストの様子がおかしいことに気づいて「その不安も憂いも捨てるがよい」(Bannis la crainte et les alarmes)と歌い、憂いの理由を問う。アルセストは「死んでも貴方を愛し続けます」(Je t'aimerai jusqu'au trépas)と苦しい胸の内を隠しつつ、愛を歌う。アドメートが苛立って退席しようとすると、アルセストはやむなく「犠牲になるのは自分なのだ」と告白する。一同が「不幸な王よ」と嘆く、アドメート王は「神々は何と残酷だ!アルセストなしに生きられぬ!」(Sans toi, je ne peux plus vivre)と神々に激しく憤りつつ立ち去り、アルセストは「ああ、残酷だ!生きてはいられない」(Ah! malgré moi, mon faible coeur partage)と絶望し、その場に泣き崩れる。
第4場
民衆がアルセストの悲運を固唾を呑んで見守る中、死に瀕したアルセストは横たわり「大いなる勇気を」(que j’ai besoin du plus ferme courage)と愛する者を残して死んで行く悲哀を歌う。そして民衆とともに「人生は夢の如し、花の如く儚い」(Oh! Que le songe de la vie avec rapidité)と歌うが、間もなく錯乱状態に陥り、退場する。
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第3幕
第1場 アドメート宮殿の柱廊に囲まれた中庭
エヴァンドルと民衆はアルセストの死が近い事を嘆き、まず女声主席唱者が「止めどもなく無く、涙が溢れて」(Ô people infortune!)を歌い、続いて民衆が「泣け、祖国よ、テッサリアの人々よ!」(Pleure, ô patrie! Ô Thessalie!)と合唱する(パリ版では哀悼の場面はアルセストが黄泉の国の霊たちと会話をする前に置かれている)。
第2場
二人の子供は母親との別れが近いことも知らず無邪気に遊んでいる。そこにアドメートの友人であるエルキュールがたまたま宮殿に立ち寄ると、宮殿内ではアルセストの喪に服している。エヴァンドルと合唱の主席唱者から何が起こったのかを聞いたエルキュールは「黄泉の国から必ずアルセストを救い出す」(Au pouvoir de la mort, je saurai la ravir)と子供たちに約束する。民衆のエルキュールを見て驚く声が聞こえる。そして「地獄の生贄に供えさせはしない!」(C'est en vain que l'Enfer compte sur sa victime)と場違いなほど力強く陽気に歌う。エルキュールは喜劇的な人物として描写されている。
第3場 黄泉の国の入口、岩、倒木、口を開けた洞窟などがある荒廃した場所
黄泉の国に到着したアルセストは荒涼とした景色と夜鳥の不吉な鳴き声に怯えている。そこにアルセストを呼ぶ地獄の神々の無慈悲な声がモノトーンな調子で繰り返される。アルセストは「ああ、無慈悲な神々よ!」(Grands Dieux)と覚悟を決めて黄泉の国やってきたものの恐ろしさはぬぐい切れない心情を切々と歌う。死の神々は冷酷に「長くは待たせぬ!」(Tu n’attendras pas longtemps)と呼びかけて来る。
第4場
するとアルセストの後を追ってきたアドメート王が現れる。「共に生きられないのなら二人で死のう」(Vivre sans toi!)と死の覚悟をした王に、アルセストは子供を託すからと懇願し「愛する妻の思い出を忘れないために生きて下さい」(Vis pour garder le souvenir d’une épouse)と説得する。そして〈2重唱〉「わたしの苦しみの叫び声に」(Au cris de la douleur)でお互いの愛を確かめ合い、強く抱擁する。しかし、姿を現した地獄の神タナートはアルセストが決心を覆すなら、アドメートの死が実行されると言い、どちらが死ぬのか再度決断を迫る。アルセストは神の前に歩みでて「さようなら、最愛の夫」(Adieu! Cher époux)と歌う。死の神はアルセストに連れ去る。アドメートは怒り「やめろ、残酷な神々よ!」と叫び、アルセストを追って冥府へ行くことを誓うのだった。